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第45号
最新医学論文45
青年期自閉スペクトラム症への継続オキシトシンスプレーの効果は点鼻用量と遺伝的個人差の影響を受ける
Kosaka H et al.
Oxytocin efficacy is modulated by dosage and oxytocin receptor genotype in young adults with high-functioning autism: A 24-week randomized clinical trial.
Translational Psychiatry (2016) 6, e872; doi:10.1038/tp.2016.152
Published online 23 August 2016
概要
経鼻オキシトシンスプレーは、自閉スペクトラム症の社会性障害などの症状を軽減する効果があるとして近年注目されていますが、どのぐらいの量を点鼻すれば効果が得られるのか、個人差があるのかなどはよくわかっていません。
今回、福井大学では、この2つの疑問点を明らかにするために、自閉スペクトラム症がある青年期の方60名に参加いただき、ランダム化二重盲検試験を行いました。参加者には、①高用量のオキシトシンスプレー、②低用量のオキシトシンスプレー、③プラセボ(偽薬)スプレーのいずれかを12週間にわたって点鼻していただきました。その結果、男性参加者では、オキシトシン点鼻の実際使用量が多い方が効果を認めやすいことが明らかになりました。さらに、点鼻用量が少ないときは個人の遺伝的背景であるオキシトシン受容体遺伝子多型によって効果の程度が異なることがわかりました。これらの成果は、今後オキシトシン療法を確立する上で重要な知見です。
本臨床試験の成果のポイント
- 経鼻オキシトシンスプレーが、社会性の障害などの自閉スペクトラム症の主症状を軽減する効果があることが報告されています。
- 本臨床試験は、青年期自閉スペクトラム症者への12週間にわたる経鼻オキシトシンスプレーによる臨床症状の軽減の程度には、「1日あたりのオキシトシン点鼻用量」と「個人のオキシトシン受容体遺伝子多型」が影響する可能性を示しました。
- この臨床試験の成果は、患者さん自身の遺伝的特徴に合わせたオキシトシン療法(テーラーメイド医療)の確立につながる重要な知見です。
臨床試験の背景と内容
自閉スペクトラム症の方は、「視線が合いづらい」、「他者の気持ちがわかりにくい」などの症状のため社会生活に困難を感じることが多いのが特徴ですが、これらの症状を軽減するための薬剤は現在のところありません。そのような中、脳内で分泌されるオキシトシンというホルモンが、他者とのコミュニケーションに重要な役割を果たすことで注目されています。すでにいくつかの臨床試験で、自閉スペクトラム症者の社会性障害の軽減に効果があることが示されています。しかし、点鼻用量の違いが症状軽減の程度に違いをもたらすのか、その効果に個人差があるのかなど不明な点が多いのが現状です。
今回、用量効果と個人差を解明するため、知的障害を伴わない青年期(15才から39才)の自閉スペクトラム症60名を無作為に、①1日32単位(スプレー1噴霧=国際単位オキシトシン4単位相当)のオキシトシンを経鼻スプレーする高用量群、②1日16単位のオキシトシンをスプレーする低用量群、③プラセボ(偽薬)をスプレーするプラセボ群、各々20名に分け、ランダム化二重盲検試験を12週間行いました。各参加者のスプレー残量から実際に使用した点鼻用量を測定し、オキシトシンによる臨床症状の軽減度に点鼻用量が関係しているかどうかを調べました。また同時に、各参加者のオキシトシン受容体遺伝子多型も検査しました。その結果、男性では、1日21単位より多く点鼻した参加者9名は、21単位以下の参加者19名よりも症状軽減が大きい(例:視線が合う、共感が強まる、自発語が増加)ことがわかりました。さらに、1日21単位以下の参加者19名では、オキシトシンが作用する受容体のタイプを決定する遺伝子の1つ(rs6791619)の塩基がT/TまたはT/Cである参加者11名はC/Cである参加者8名と比べ臨床症状がより軽減していました。
また、二重盲検期12週間終了後、全参加者に1日32単位のオキシトシンを12週間スプレーする非盲検期も行いました。計24週間の安全性を確認したところ、重大な有害事象は認められませんでした。
今後の展開と波及効果
本臨床試験から、オキシトシンスプレーの男性青年自閉スペクトラム症者への症状軽減の程度は、点鼻用量と遺伝的特徴によって異なることがわかりました。今後さまざまな用量での効果の違いを調べることで、症状を軽減するための最適な点鼻用量を見つけられることが期待できます。また、遺伝的背景がオキシトシンの効果に与える影響については、テーラーメイド医療につながる知見です。将来的に、オキシトシンスプレーを用いる前に患者さんの遺伝子多型から治療効果を予測することで、個々の患者さんに合った治療選択が出来るようになることも期待できます。
今回の臨床試験は 60名という比較的少ない参加者で行ったため、多人数でも同じ効果が得られるか、頻度の少ない副作用が大規模臨床試験実施時に見つからないか、効果と安全性の再確認をすることが重要です。現在、福井大学は、東京大学、金沢大学、名古屋大学とともに実施している「自閉スペクトラム症を対象としたオキシトシン経鼻剤の多施設・並行群間比較・プラセボ対照・二重盲検・検証的試験(JOIN-Trial)」に参加しています。この大規模調査の結果はオキシトシンスプレーの自閉スペクトラム症の症状軽減効果や安全性にさらなる知見を与えることになると見込まれます。
注意点
欧州などでは授乳促進の適応で承認されている経鼻オキシトシンスプレーですが、我が国においては授乳促進のための医療目的でも使用を認められていない未承認薬です。自閉スペクトラム症に対して、対人コミュニケーションや社会生活の困難さを軽減するような目的で経鼻オキシトシンスプレーを使うことについては、その有効性や安全性が検証されている途中の段階にあり、効果があるか、安全に使用できるかどうかについての確かな証拠が得られたわけではありません。また、本臨床試験はそれらに結論を与えるものではありません。有効性や安全性の確証が得られていない状況での未承認薬の使用は容認されるものではありませんので、ご注意ください。