サイト名

© 金沢大学 子どものこころの発達研究センター

発達障がい市民広場

第32号

最新医学論文32

脳のオキシトシンとバソプレシンのバランス:不安、うつ、社会的行動に対する意味合い

Balance of brain oxytocin and vasopressin: implications for anxiety, depression, and social behaviors

Inga D. Neumann , Rainer Landgraf Trends in Neurosciences November 2012, 649-659

オキシトシンやバゾプレシンを長年研究しているドイツのレーゲンスバーク大学、フロイドの孫にあたるニューマンとミュンヘンのテンドグラフの論文。

Introduction

オキシトシン(OXT)とアルギニン・バソプレシン(AVP)の脳内での合成と放出は、不安を引き起こすようなストレスフルな刺激や、社会的(ポジティブにもネガティブにも)刺激によって引き起こされる。そして今度は、いったん放出されると、どちらの神経ペプチドも不安関連行動、抑うつ関連行動の指標としての受動的・積極的ストレスコーピング、多面的な社会的行動のキーレギュレーターになる。
OXTは抗不安、抗うつ効果を発揮し、一方AVPは不安・抑うつ関連行動を増加させる。それ故、脳のOXT、AVPシステムのダイナミックなバランスが、幅広い情動行動に関係し、精神病理にもつながる視床下部や辺縁系の回路に影響を及ぼしていると仮定する。

OXTとAVPの中枢における放出パターン:血中への協調的、独立的分泌

OXTとAVPは視床下部視索上部(SON)と室傍核(PVN)で、AVPは辺縁系領域でも合成され、中枢に放出される。神経伝達物質としてシナプスを介して軸索から放出され、ハードワイヤードな神経結合を通して速い情報処理のシナプスモードに貢献する。非シナプス性には、軸索、細胞体、非終末領域から放出される。細胞外液(ECF)やリガンド結合を介して近くや遠くのレセプターまで拡散し、OXTレセプター(OXTR)やAVPレセプター(AVPR)のサブタイプであるAVPR1とAVPR2と特定の神経細胞内シグナル伝達カスケードとの結びつきが、短期的、長期的効果を決定する。神経ペプチド誘発性の効果は主にレセプターの場所(特に視床下部や辺縁系)によって決まるが、ECF内の神経ペプチドリガンドの局所濃度やレセプターの密度は活動の強度や持続時間の決定要因になる。重要なのは、OXTとAVPの活動は、レセプターに85%以上の類似性があるために部分的に重複していることである。

OXTとAVPは協調的にも独立的にも働き、また刺激依存的にもペプチド特異的でもある。下垂体後葉に投射するだけでなく軸索側枝を通して辺縁系領域も標的とする巨大細胞のOXTニューロンがそのような働きを説明している。

末梢OXTレベルは中枢のOXT系活性のバイオマーカーではなく、刺激依存性に異なっている。様々なストレッサーが視床下部や辺縁系のOXT(とAVP)をトリガーするが、血中濃度は変化しない。従って末梢血、唾液、尿中のOXT濃度をもって行動を解釈することは慎重を期する。BBBによる中枢と末梢の区分けとは対照的に、これらの神経ペプチドは容易に脳のECFとCSFに拡散するため、CSFでの濃度は脳の活動性の指標になるだろう。

Box 1. OXT、AVPと血液脳関門(BBB)

Plasma OXT/AVPレベルはECFにおけるそれよりも低い。血中から脳への拡散は制限されている。末梢と脳での働きは独立しているが、協調しても働く。BBBはそれらの働きをうまく調節している。外因性のOXTが瞬時に脳に届くのか、それが機能的に意味のある量かどうかは不明である。

OXTとAVP:不安と対人恐怖

げっ歯類ではOXTの単回もしくは慢性投与はともに、オス・メスともに抗不安・抗ストレス効果を示す。更に、脳のOXTシステムは、恐怖条件付けにおける恐怖の発現と消去に重要である。PVNへOXTを単回投与することの抗不安効果は、シグナリングカスケードの細胞内活性化を必要とする。それはマイトジェン(分裂促進因子)活性型プロテインキナーゼカスケードのようなもので、長期的な行動的適応に遺伝子調節を通して貢献する。

Social defeat状態にされ、社会恐怖モデルとされたげっ歯類では、OXTの中枢投与によって社会的回避と社会的なpreferenceが回復する(図2)。ポジティブな社会的刺激または薬物療法により脳のOXTシステムが活性化されると、中枢のOXTの利用可能性が増し、OXT-AVPバランスは(局所的あるいは全体的に)前者の方にシフトする(図3)。

これに対し、外因性のAVPは不安惹起効果を持ち、AVP遺伝子は生得的な不安の候補遺伝子と同定された。社会不安または対人恐怖の患者へAVPR1BのアンタゴニストであるSSR149415を利用できる可能性がある。しかしこれはOXTRにも弱いが結合を示す。

人でのOXTの抗不安効果について、子育て中の母親はOXTレベルが高く、ポジティブな気分と不安の減少を示すが、幼少期の虐待経験をもつ女性はCSFにおけるOXTレベルが低く、不安スコアが高い。恐怖の表情に対する扁桃体の活動は男性で減少、女性で亢進することが示され、gender-specificな知覚処理過程を示唆している。健常な男性ではOXTの鼻腔投与はほとんど抗不安効果を持たないが、社会的文脈では不安や恐怖反応を減弱させる。

AVPは人でも不安や恐怖反応を増加させる。社会的感情刺激に対する扁桃体の反応はAVPR1Aのgenetic variationと関連することが発見された(表1)。健常な男性ではAVPの鼻腔投与は不安に影響を与えないが、AVPR1Bのアンタゴニストは不安や抑うつを軽減する。

OXT、AVPと抑うつ様行動

OXTは抑うつ関連症状、性的機能不全、睡眠障害などを改善する。また、抑うつと中枢性OXTに関するもう一つの現象は海馬の神経新生であり、これはストレスコーピングと抑うつ行動をやわらげるために重要である。AVPではなくOXTが神経の成長を刺激し、グルココルチコイドやストレスによって引き起こされる神経新生の抑制をレスキューする。

うつ病患者の死後脳ではOXTmRNAの発現増加とOXTの免疫反応がみられた。しかしそれがうつの原因なのか、うつの結果そうなったのか、抗うつ治療はその変化を正常に戻せるのかという疑問が残る。

AVPとAVPR1AのmRNAも死後脳で過剰発現しており、AVP発現ニューロンもPVNで増加していた。AVPを抑制することによりバランスをOXT側に傾けることも有用であり、AVPR1BのアンタゴニストSSR149415が治療薬として実現可能かもしれないが、まだマーケットには到達していない。

不安と抑うつに関連するOXTとAVPの効果のメカニズム

OXTの抗不安、抗うつ効果の土台となるメカニズムはモノアミン(特にセロトニン)系とコルチコトロフィン放出因子(CRF)系であろう。セロトニンニューロンに発現しているOXTRの下位集団は縫線核にあり、セロトニン放出の刺激は視床下部のOXTニューロンを活性化する。OXTベースの治療は、うつ状態の患者にセロトニン(そして恐らくノルアドレナリン)の神経伝達の異常を改善させるという付加的な効果もあるだろう。SSRIはOXTによって媒介されると考えられるためである。セロトニントランスポーターとOXTR遺伝子は健常な男女で関連があることが示された。

AVPに加え、脳のCRF系の過活性は受動的ストレスコーピングやうつなどに関連し、うつ病患者などでCRFとCRFレセプター1遺伝子がPVNで過剰発現している。外因性OXTはCRFの不安、抑うつ、ストレス効果を減らすと思われる。

OXTとAVPはラットのcentral amygdalaで不安反応と恐怖の消去を反対方向に調節する。局所的放出に続き、OXTは抑制性ネットワークの2つの主な神経集団に作用することによって恐怖を減らす。1つはOXTによって抑制されるがAVP(AVPR1Aを通して)によって興奮させられるもので、もう1つはOXTによって興奮させられるがAVPには反応しないものである。これらの発見は行動レベルのみならず神経ネットワークレベルでも神経ペプチドのバランスが重要であることを示唆する。

画像研究においては、OXTRにリスクアレルを持つ人(rs53576)で対人交流ドメインに障害をもつ人は視床下部-扁桃体のカップリングが変化していることが発見された。また、OXTの鼻腔内投与により社会的、そして恐怖刺激に対しての扁桃体の賦活と、脳幹領域と扁桃体とのカップリングが変化することが示された。AVPの鼻腔投与は前頭皮質-扁桃体領域の活動とコネクティビティパターンを調節することが発見された。

OXT、AVPと社会的行動

社会的交流に必須なものとしての社会的な好みや社会的不安の回避にとって、脳のOXTシステムのみが重要に思われる。人での研究で、OXTはmind-readingを向上させ、AVPは障害する。OXTが特定の条件下で反社会的効果を生ずることも示されているが、ごく少数派である。

脳のOXTとAVPの活動に及ぼす社会環境の影響

社会的な刺激は両神経ペプチドシステムに影響を与え、辺縁系領域のOXT/AVPの発現量、放出、レセプターとの結合を変え、一部は末梢血のOXTやAVP濃度も変える。ポジティブな社会的刺激はバランスをOXTの方へ変化させ、免疫機能や循環器機能にも良い影響を与える。

反対に、社会的交流がないことは、げっ歯類の不安(特に社会的不安)、抑うつ行動を増加させる。人ではネグレクトや子ども虐待は心的疾患のリスクを増し、特定の条件下では成人期におけるCSFのOXT濃度が低くなる。

全体として、OXT系の活性化と同時にAVP系の抑制は不安障害やうつ病の治療に有効であろうが、例えば社会的認知のような一方向性の神経ペプチドの効果では、OXT/AVPの交差反応性は複雑である。かなりのレセプターの相同性のため、大量の投与ではさらに複雑である。OXTとAVPの機能的、構造的重複は、薬理学的な複雑性を強調するものである。

OXTとAVPの性別依存性の効果

情動行動のバランスをとる神経ペプチドの重要な側面はOXT/AVP系の性的二形性であり、女性では不安障害やうつ病の、男性では反社会的行動や自閉症の発生率の多さに起因するかもしれない。エストロゲンは、エストロゲンα、βレセプターの作用を通して、それぞれPVNにおけるOXT合成をアップレギュレートたり、扁桃体のOXTRの発現を調節したりする。OXTの鼻腔投与に対する扁桃体活動の性的二形性や、視床下部や扁桃体容積と機能的カップリングに及ぼすOXTRのgenetic variationの性別依存的影響は、脳のOXTシステムが性別依存的な活動をするという仮説を支持するものである。

OXTとは反対に、AVPは主にアンドロゲンとエストロゲンを通じてテストステロンによって影響される。そのメカニズムが、AVPの鼻腔投与が社会的コミュニケーションやストレスフルな文脈に及ぼす性的に二形性な効果にどの程度貢献するかはまだ示されていない。

Association studyにおけるOXTとAVP系の遺伝子

このような行動の土台となる候補遺伝子については、現在のところほとんど知られていないが、一つのアプローチは、情動的・社会的行動の変化と多型性の変異、特に一塩基多型(SNPs)とを結びつけようとするものである。しかし再現性とSNPsの機能的な効果についての問題が生じ、多型性の変異がどのように脳の神経ペプチドやその受容体の発現や利用可能性を変えるのかはあまり知られていない。表1には(ⅰ)社会情動表現型に与える影響が繰り返し確認されているもの、(ⅱ)発現と遺伝子的アプローチの画像化に機能/構造的関係をもつものが示されている。

例えば人のOXTR遺伝子(GGホモ接合型に比較したAA、AG遺伝子型)と、このSNPを含むハプロタイプは社会情動ドメインの障害のリスクとなる。レセプターと比較して、神経ペプチド遺伝子の遺伝子変異と行動との関係はあまり知られていない。

Genetic、epigeneticな変異が脳のOXT、AVP系の活動に影響し、個々人の不安や抑うつ関連行動を形成し、結果として精神病理的リスクになるのだろう。

情動行動の調節における神経ペプチドのバランス

主として情動行動に関連するOXT-AVPバランスという我々の仮説は、一つの神経ペプチドのシグナル伝達の増加がもう一つのシグナル伝達の減少に結びついているということを意味しているのではない。ただ神経ペプチドのリガンドとレセプターの両者でそのような調節能が報告されている。OXTの活性低下とAVPの過活性は、単独でも一緒でも、行動の連続体に沿って左へシフトする土台になるだろう。この場合、適切な内在性のシステムの刺激に加え、OXTRアゴニストとAVPRアンタゴニストを組み合わせた心理薬物療法が相乗的に行動を改善させる可能性をもつだろう。

終わりに

将来の研究は適切な刺激の特徴をさらに詳細に明らかにすることが求められるが、現段階ではポジティブな社会的刺激がOXT系を賦活させ、異常な神経ペプチドシグナル伝達の不均衡を正していると示唆される。そのような治療の選択肢は、逆境的な社会環境に生きる、リスクアレルを持つ人にとって、心理薬物療法と併せて有用なものになるだろう。ただし、内在性OXT-AVPバランスのダイナミクスを反映する信頼できるバイオマーカーが同定されることが必要である。それではじめて、特定の刺激とOXTアゴニストあるいはまたAVPRアンタゴニストの鼻腔投与の組み合わせが情動行動と全体的なメンタルヘルスを改善することができるだろう。

Box.2 傑出した問い

前臨床、臨床的研究で脳のOXTとAVP系の神経生物学に関する知識が積み重ねられてきたにも関わらず、いくつかの疑問が残る。例えば:

  • 軸索性vs.樹状突起性に放出された神経ペプチドは、どのように相互作用して、局所的に社会情動行動を調節するのか?
  • 社会性刺激とエピジェネテイックなメカニズムいずれが、特に人生初期に局所的なOXT/AVP遺伝子発現と放出を調節し、結果としてOXT-AVPバランスをシフトさせるのだろうか?
  • どちらの神経ペプチドレセプター媒介性の細胞内シグナル伝達カスケードが、急性または長期のOXTとAVPの神経的、行動的効果を決定するのだろうか?
  • 神経ペプチドレセプター遺伝子における個人差は、内在性OXT-AVPバランスにどのように貢献し、社会的刺激と鼻腔内OXTに対する個人の反応にどのように貢献するのだろうか?
  • 中枢の神経ペプチド活性を査定し、OXT-AVPバランスを診断し、心理薬物療法に対する患者を選択するために、plasma/CSFの神経ペプチドレベルと遺伝子的リスクファクターに加え、どのような信頼できるバイオマーカーが用いられ得るのか?
  • 合成OXTの鼻腔投与が勇気づけられる効果を示すにも関わらず、脳への移送ルート、行動学的効果の範囲と持続時間、内在性システムとの急性もしくは長期的相互作用はまだ分かっていない。例えば、外因性OXTの上昇は内在性の神経ペプチドの活性をトリガーするのか、あるいは抑制するのだろうか?