サイト名

© 金沢大学 子どものこころの発達研究センター

発達障がい市民広場

第38号

最新医学論文38

オキシトシンの吸入:薬物治療に向けた健常群と臨床群における試行のレビューとメタ分析

Sniffing around oxytocin: review and meta-analyses of trials in healthy and clinical groups with implications for pharmacotherapy.

M J Bakermans-Kranenburg and M H van IJzendoorn
Translational Psychiatry (2013) 3


オキシトシン(OT)の人気は過去10年間で飛躍的に高まり、健常者や臨床群で数多くのOTトライアルが行われている。我々は薬物療法的適応の可能性と限界を探るべく、これらの研究の証拠を集めた。健常な参加者では、鼻腔投与されたOTは感情的認知の改善や、同じ人種間の信頼を導いたが、その効果は文脈(「out-group」の脅威)、人格、幼少期の経験によって抑えられるように思われる。良くない幼少期の経験をもつ者は、ポジティブな行動もしくは神経生物学的効果が低い、あるいはないように思われる。自閉症、社会不安、産後うつ、強迫性障害、統合失調症、境界性人格障害、心的外傷後ストレスをカバーする19の臨床試験でOT投与の効果が調べられ、その投与量は15国際単位(IU)から7000IU以上にまで及ぶ。結合された効果量はd=0.32(N=304; 95% Cl: 0.18-0.47; p<0.01)であった。しかし、全ての疾患のうち、自閉症スペクトラム障害に関する研究のみが有意な結合された効果量を示した(d=0.57; N=68; 95% Cl: 0.15-0.99; p<0.01)。我々は、いくつかの他の疾患では、ネガティブな幼少期の経験に根ざした病因論的要因が、OT治療の有効性をなくさせているのかもしれないと仮定する。

はじめに

非臨床群におけるOTの心理薬理学的研究の数は急速に増加している。信頼に関するポジティブな効果が最初に衝撃的に報告された後、OTは抗不安効果をもち、向社会的行動を促進するかもしれないということ、そして攻撃性や利己的行動をも刺激するかもしれないこと、その効果は社会的文脈、人格、生育歴と性別に依存して変わることが明らかになった。

精神疾患におけるOTの可能性は非常にエキサイティングであるが、単独で使えるものか、補助剤としての薬物であるか、その効果はほとんど知られていない。投与量、タイミング、副作用の問題はまだ系統立てて調べられてはいない。ここでは(補助的)治療薬としてのOTの可能性と限界について考察する。

オキシトシン

OTは主に視床下部視索上部と室傍核の巨大細胞ニューロンで合成され、下垂体後葉に投射する。下垂体からはホルモンとして血流へと放出され、身体機能に影響する。それに加え、室傍核ニューロンはOT受容体が多く存在する様々な辺縁系、中・後脳構造(例えば海馬、扁桃体、側坐核)へと投射する。脳内では神経伝達物質としても、神経調節物質としても機能する。

動物の研究から、OTは授乳と母性行動の開始に関係することが示されている。妊娠期の母親のOTレベルが高いほど、産後の母性行動の質が良いことが予測される。妊娠中期の末梢血OTレベルが低いことは産後うつの予測因子となる。統合失調症患者でも末梢血OTレベルが低いことが分かっており、精神症状と負の相関を持つ。プラダー・ウィリー症候群の患者は室傍核のOT産生ニューロンに欠損があることが報告されている。

OTの鼻腔投与

初期の行動実験は、静脈内にOTを大量投与するものであったが、良い結果にはならず、短命であった。恐らくそれは血液脳関門を通過するのが難しかったからであろう。鼻腔内投与されたOTは、脳機能や知覚、行動を変化させ、血液脳関門を迂回しているようにみえる。

最初の研究は、鼻腔内投与後の唾液中のOTレベルは2時間以上高いままであることを示した。次の研究は、唾液中のOTレベルの増加が4時間持続することを示した。第3の研究は、7時間後の時点でOT鼻腔投与群の唾液中のOTレベルは、プラセボ群の6-10倍高いことを示した。OT投与量は24IUと16IUの条件で同様の効果であった。

OTの鼻腔内投与は簡便であるが、脳の受容体に届いているのだろうか?鼻粘膜は中枢神経系と直接結びついており、5つの吸収ルートが示唆されている。嗅上皮を通して全身循環へ入るルート、口腔粘膜を通したルート、脳脊髄液や脳に直接入る嗅球経路、呼吸や嗅上皮を神経支配し、脳幹や橋に入る三叉神経ルート、脳実質の間質空間に結合する傍血管空間ルートである。

1回のOT投与の効果は、どのように7時間以上も続くのだろうか?オキシトシン作動性システムのフィードフォワード・メカニズムは、OTレベルが高くなると更にOT産生が増加するものであり、これが鼻腔内投与後に高いレベルを維持することの説明になるかもしれない。これは子宮の刺激がOT放出を促進する「Ferguson反射」に見られるようなものである。しかし、鼻腔内投与されたOTの神経生物学的経路についての基礎的研究が必要である。

健常な参加者による実験

OTの抗不安効果の見込み
過去10年間に、人間の知覚、環状、神経の反応や行動を研究するためにOTの鼻腔内投与を用いた実験の数は、指数関数的に増加している。OTは同じ人種に対する共感的関心を強め、表情認知を高めること、信頼レベルを高めることが発見されている。

神経活動におけるOTの効果
Heinrichsらによって発見されたOTの抗不安効果は、扁桃体の活動減少と関連するかもしれない。fMRIを用いた研究で、恐怖を誘発する視覚刺激に対して、OT投与群はプラセボ投与群に比べ扁桃体の活動が減少していた。
OTは覚醒を減少させるのか、あるいは恐怖をダウンレギュレートするのかは、幼児の笑い声のようなポジティブな感情的シグナルについての実験に由来する。OTは統制音に比べ、幼児の笑い声を聞いているときの扁桃体の活動を減少させる。またOTは扁桃体と報酬系(眼窩前頭皮質、尾前帯状皮質)の間の機能的結合性を増加させた。それは覚醒に対する認知的コントロールを高め、同時に幼児の笑い声という誘因の顕著性を高める。
さらに複雑な絵に対する扁桃体の下位領域の活性が調べられた。OTは恐怖の表情を見た時には扁桃体外側、背側領域と前扁桃体の活性を減少させ、幸福な表情に対してはこれらの部位を活性化させた。またOTは目に対する凝視の割合を増加させ、この効果は扁桃体後部と上丘間の結合が強化されることによるものであった。
女性被験者はOT投与に対して異なった反応をするかもしれない。それはOTレベルの性差(女性は男性より高い傾向がある)と、特にエストロゲンのような性ホルモンがオキシトシン系に及ぼす影響のためである。月経周期はOT投与の有効性に影響を及ぼすかもしれず、数少ない女性での研究は矛盾した結果を示している。

介抱と防衛
OTは全ての文脈において「愛のホルモン」であったり、向社会的メッセージを伝える神経伝達物質であったりするとは考えにくい。進化の観点から、OTは一方では親子の絆を促進し、もう一方では敵から我が子を守るために外からの脅威に対して攻撃的になる。OTは生き抜くために介抱と防衛の両者を促進する諸刃の刃であると思われる。

【図1】健常な参加者における表情認知、グループ内部に対する信頼と
グループ外部に対する不信に対するオキシトシンの効果:
結合された効果量(d)と95%の信頼区間

メタ分析の証拠
31の適切な効果量をもつ23の論文から、表情認知(効果量13、N=408)、グループ内部の信頼(効果量8、N=317)、グループ外部の不信(効果量10、N=505)についてメタ分析を行った。鼻腔内OT投与は表情認知を高め、グループ内部の信頼レベルを上昇させることが発見された。しかしこれまでに行われた実験は、OT条件でグループ外部の不信が有意に増加するという仮説を支持しなかった。OTの鼻腔内投与は確かに「信頼のひと嗅ぎ」であるように見えるが、その効果量は大衆紙がうたっているほどではない。OT対プラセボの標準化平均値差(コーエンのd)は、従来の効果量基準に従うと弱いもの(d=0.21;表情認知)から中等度(d=0.43;グループ内部の信頼)であった。

OT投与効果の適度さ
OTは社会的相互作用に必要なスキルに影響すると考えられているが、全てのタイプの入力と全ての個人に等しく効果を発揮する訳ではない。

文脈
いくつかの研究はグループ内部対外部のメンバーに対するOTの効果が異なることを指摘している。OTは、ゲームの前にパートナーになるかもしれない人とコンタクトをとっていた場合にのみ、協調的行動をとらせるようである。
最近の2つの研究は、グループ外部の脅威の問題を指摘している。囚人のジレンマにおいて、外部の脅威が低いときはOTは効果を持たないが、脅威が高いとき、OT群の参加者はグループ外部に対して有意に非協調的であった。もう一つの研究では、参加者はグループ間の競争に従事し、チームに入れる味方を選ぶよう言われた。その顔は高い脅威(信用性が低く支配性が高い)か低い脅威(信用性が高く支配性が低い)に変形されていた。OT群はしばしば高い脅威の味方をチームメイトとして選び、フレンドリーな人より攻撃的な人を味方につけるように思われた。
特筆すべきこととして、他者を脅威的であるかフレンドリーであるかを知覚するのは、個人の社会的経験や幼児期の経験と無関係ではないようである(下記参照)。

性格
実験前に自己報告にて社会認知能力を測定したところ、社会認知能力のベースラインが高かった被験者ではプラセボ条件でもOT条件でも感情認知課題で良い成績であったが、ベースラインが低かった被験者では、プラセボ条件では成績は低く、OT条件では社会的能力は劣っていなかった。このように、OTは社会的能力が低い個人でのみ、共感性の正確さを改善する。
困っている人を見た時に積極的に助けるかお金を寄付する性格の人は、親和動機が高い性格であるかもしれず(相対的に左前頭葉の活性が高い)、親和動機が低い場合(相対的に左の活性は低く、右の活性が高い)、OTは共感的関心を高める。
Bartzらは、OTの効果は参加者の愛着スタイルによって調節されることを発見した。愛着不安のスコアが低い人は、OT投与後に楽観的な幼少期の記憶を思い出し、愛着不安スコアが高い人はOT投与後に、母親をあまり心配しなかったり距離を感じたりした。この発見はOTの効果が人格的特性に依存して異なることを示している。

個人史
発達的に、世界を優しい環境とみるか脅威に満ちているとみるか、幼少期の経験はOT鼻腔内投与の効果を調節する。OTの向社会的効果は、支持的な家族背景をもつ人で強いか、あるいは限られているようである。
幼少期に厳しいしつけを受けた経験と、OT投与の効果を調べるため、乳児の泣き声を聞きながらハンドグリップダイナモを握る実験が行われた。参加者は双子で、OTまたはプラセボに振り分けられた。厳しくしつけられなかった参加者は、乳児の泣き声を聞いている間、OT投与によって過剰な力が入らなくなったが、厳しいしつけを受けた経験を持つ者ではOTの効果は認められなかった。
このような実験の結果から、幼少期に好ましくない経験を持つ者は、社会的手がかりに対してネガティブな解釈をする傾向があり、OT投与はポジティブな効果を生まないと結論できるかもしれない。補足的な説明として、厄介な幼少期の経験はより基礎的なレベル、例えば神経学的経路やOT受容体遺伝子のメチル化レベルでオキシトシンシステムに干渉しているのかもしれない。
社会的刺激がない状態で幼少期の経験を緩和する役割をテストする試みで、休息状態でのfMRIで脳機能の結合性に対するOT投与の効果が調べられた。OT鼻腔内投与は後帯状皮質(PCC)と脳幹の間の機能的結合性を変化させ、特にPCCと小脳の間、PCCと中心後回の間の機能的結合性の変化は、母親に愛された経験が低い参加者においてのみ見られた。PCCは視床、扁桃体、脳幹、前頭皮質、小脳を含む脳領域と密接に結合しており、機能的結合性のハブであると考えられている。
PCCと中心後回の結合性が増すことは、OTの鼻腔内投与は触れ合い関係の情報をより良く処理させることを示唆する;中心後回は体性感覚ネットワークの一部であり、楽しい経験や人との触れ合いに関連づけられてきた。小脳も伝統的に運動機能や動きの調節に関連づけられている。しかし最近の研究では、情動や認知にも重要な役割を持つことが示されている。例えば、PCC-小脳の結合性はうつ病患者で変化しており、休息状態での反すうの高まりを表すことが示唆される。小脳は他の脳部位に比べ、遺伝的影響を受けにくく、発達における環境的要因の影響を受けやすい。幼少期に剥奪経験をもつ子どもは、小脳の上・後葉の容積が小さかった。発達初期の環境要因に対する小脳の感受性は、愛情の剥奪経験はPCCと小脳の間の結合性に及ぼすOTの効果を弱める理由を説明してくれるかもしれない。

臨床の参加者での実験
OT投与は自閉症、社会不安、産後うつ、強迫性障害、統合失調症、境界性人格障害、心的外傷後ストレスといった様々な臨床試験で用いられている。これらの疾患に対してOTで治療することは、その抗不安効果、ネガティブな表情や泣き声などに対する嫌悪感を弱めることに基づき、不安を少なくし、脅威的な社会環境にも安心できるようにすることである。
一般的にOTは社会的関係の形成と維持を促進するとされている。同時にOTは、幼少期のネガティブな経験をもつ人には効果的でないと思われるが、多くの精神疾患患者ではむしろそれは一般的であると思われる。この節では、OTは社会機能を改善させ、最も一般的な、あるいは持続的な精神病理学的症状を減少させることができるのかという疑問に取り組む。

自閉症スペクトラム障害
自閉症の反復的行動に対するOTの効果をみるため、15名のASD者(自閉症6名、アスペルガー9名)が静脈注射によりOTを投与された。薬剤の有意な主効果はみられなかったが、投与後1時間で反復的行動(特に繰り返しと接触)が減少し始めた。4時間後、OT条件の13名(86.7%)とプラセボ条件6名(40%)で反復的行動が減少していた。
社会的認知に対する効果も報告された。感情的音声の理解が指標として用いられ、最初にOT投与された被験者は、約1週間後に発話の感情的意味合いを正確に選ぶ能力が増していた。
The Reading the Mind in the Eyes Test (RMET)は心の理論を査定すると考えられるが、表情認知を調べるために、16名の自閉症もしくはアスペルガーの青年で用いられた。OT投与量は15歳以下は18IU、16歳以上は24IUとされた。筆者らはOT投与量の低い若者でもRMETの成績に改善がみられることを発見した。
プラダー・ウィリー症候群患者で、24IUOTまたはプラセボの単回投与試験が行われた。即効性はなかったが、鼻腔内投与2日後、OT群の患者は他者への信頼が増し、悲しんだり破壊的行動をとる者はほとんどいなかった。しかしテスト前後で有意な差はみられなかった。

社会不安障害(SAD)
SADの患者に対する暴露療法の有効性に関する研究で、OTは補助剤として導入された。12名の患者がOT(24IU)を、13名の患者がプラセボを投与された。OTは自己に対するネガティブな心的表象を減少させ、発話回数を増加させたが、OTと暴露療法を組み合わせた指標については即時的または長期間の改善はみられなかった。
fMRIを用いた研究で、OT(24IU)単回投与が神経活動に及ぼす効果が調べられた。SADの患者は恐怖の表情をみた時、両側扁桃体の活動が高くなっていた。統制群ではOTは効果がみられなかったが、SAD群では恐怖表情に対する扁桃体の活動が弱まった。またSAD群では悲しい顔に対して高まっていた皮質の反応がOT投与後に弱められ、標準的になった。
Fragile X症候群の患者では社会不安が顕著である。青年または成人の男性被験者で、48IUではなく、24IUの投与量で視線を合わせる頻度が有意に増加した。生理学的指標としての唾液中のコルチゾールレベルは48IUのOT投与で減少した。

心的外傷後ストレス障害
20年前、PitmanらはPTSDのベトナム退役軍人でOT鼻腔投与を行った。患者は20IUのOT、20IUのバソプレッシン、またはプラセボを投与された。被験者を描いた台本が読まれ、描かれた出来事をイメージするよう教示され、心拍数、皮膚コンダクタンス、前頭筋電図反応によって評価された。バソプレッシンは個人的な戦闘イメージに対する筋電図反応を促進したが、OTはどの指標にも影響しなかった。
別の研究では、18名のPTSD患者に対して24IUのOT単回投与の効果をみている。詳細なデータはないが、トラウマ的出来事についての想記の強さを有意に弱めたと結論づけられている。

うつ病
10名の大うつ病と診断された女性と、健常コントロール群10名で行われた研究では、RMETに対する神経活動が調べられた。40IUのOTは、うつ病患者で、帯状回や島などの情動回路における神経活動を増加させた。RMETの正答率には影響を与えなかった。
産後うつはかなり一般的であり、母子関係にネガティブな影響を与える。Mah et al.は、OTは赤ちゃんとの関係についての母親の意識を改善させるが、抑うつ気分を減少させる訳ではないとした。

統合失調症
15名の患者(男性12名)は通常の抗精神病薬に加えて、最大40IUのOTを3週間投与された。陽性陰性症状尺度(PANSS)とCGI-I尺度がブラインドな評価者によって評価された。PANSS尺度はプラセボ群よりOT群でより有意に改善した。PANSS CGI-Iも同様なポジティブ効果を示した。明らかな改善は3週目でみられ、少なくとも統合失調症の治療には3週間のOT治療が必要かもしれない。副作用についてテストするために、2つの認知機能テストが行われたが、健忘などはみられず、2つの下位テストではむしろ改善を示した。
OTの抗精神病効果を調べた別の研究では、20名(男性17名)の患者が24IUのOTまたはプラセボを1日2回、14日間投与された。OT群はPANSSで有意な減少を示したが、社会的認知には影響はみられなかった。
Averbeckらは21名の男性患者に24IUのOTを投与し、感情認識課題を行った。OTの主な効果は、感情と顔の変形状態には依存せず感情認知の改善を示すことであった。

強迫性障害(OCD)
Den BoerとWestenbergは12名のOCD患者で強迫観念や強迫行動の自己申告による頻度を調べた。彼らはOTによる症状の減少がみられなかったとし、1日160IUを6週間の投与量では少なすぎるかもしれないと結論づけた。その後3倍の投与量を投与しているが、ここでも症状改善はみられず、また副作用もみられなかった。

境界性人格障害(BPD)
BPD患者は不安定な愛着スタイルをもち、それ故健常者でみられたようなOTの信頼を高める効果は見られないかもしれないと示唆された。社会的ジレンマゲームで、14名のBPD患者(男性4名)のうち6名が40IUのOTを、8名がプラセボの投与を受けた。また愛着スタイルを調べるために親密な関係における経験尺度を行った。BPDの患者は、不安と回避の愛着スタイルについての尺度で2標準偏差以上の得点であった。OT群のBPD患者は有意に信頼と協調性が低く、不安の愛着は信頼と協調性の少なさに関連していた。同じサンプル集団での別の報告では、OT投与後にコルチゾールと不快度で示されたストレス反応が減少する傾向があることを記している。

メタ分析
上記の19のランダム化実験でメタ分析が行われた。1つ以上の関連する測度が報告された時、その疾患に対して最も表面的妥当性の高い結果が選ばれ、複数の測度の場合には研究内でメタ分析的に結合した。サンプルが重複している場合は一つの研究のみを採用した。
それぞれの研究で、効果サイズ(d)は2群(OTとプラセボ)の間の標準化された差として計算された。OT投与と、症状軽減もしくは社会的能力の向上との間の正の関連を示す効果サイズは、正の符号を与えられた。包括的メタ分析を用いて、結合された効果サイズは全ての結合された研究について、そして臨床症状について別々に計算された。有意性の検定はランダム効果モデルを用いて行われた。ランダム効果モデルは、研究間で様々な手続き、測度、設定にランダムな差があることを許容範囲とし、それは研究で母集団が異なるとするものである。全体的、特異的な効果サイズの均一性をテストするため、Q-statisticsを計算した。さらに、各効果サイズの周辺推定に95%の信頼区間を報告した。
臨床集団でOTを投与された19のランダム化された実験の、結合された効果サイズは、均一な結果セット(Q=19.67;P=0.35)で、d=0.32(N=304;95%Cl;0.18-0.47; P<0.01、ランダム効果モデル)であった。これは、コーエンの基準に従うと、小~中等度の効果サイズである。Fail-safeの数は52、すなわち全体的に有意な結果を有意でないとするには、結果のない52の研究が必要であるとされた。この数はRosenthalの5k+10(k=メタ分析に含められた研究数)基準よりも小さく、全体的な効果サイズは非常にrobustであるとはいえない。我々はメタ分析の結果にのける打ち切りもしくは出版バイアスの効果を計算するために、「trim and fill」の方法を用いた。この方法を用いて、サンプルサイズや標準誤差に対する各研究の効果サイズのfunnel plotが構成された。Trim-and fillアプローチは、小さい効果をもつ小規模研究に対して出版バイアスを示さなかった。
多重比較では、自閉症スペクトラム障害(プラダーウィリー症候群を含む)の4つの研究のみがd=0.57の有意な結合効果を示した(N=68; 95%Cl; 0.15-0.99;P<0.01)。プラダーウィリー症候群を除いた、残り3つの自閉症スペクトラム障害の研究も有意であった(d=0.60; P=0.016)。他の臨床症状と診断された患者では、OT投与による恩恵を受けていないようであった。症候群あたりの研究数はまだ少なく、臨床群での更なる実験的研究は、この期待はずれの全体像を変える可能性はある。

結論

いくつかの基本的な問題は解決されていないが、OT研究は過去20年間で大きな盛り上がりを見せている。生化学的レベルでは、末梢OTレベル(血中、尿、唾液)が脳のOTレベルと相関するかどうかはまだ明らかではなく、鼻腔投与されたOTがどのように脳の受容体に到達するのかは多くの議論がある。OT治療が行動的効果を引き起こす経路は、最初は末梢投与され、続いて中枢のOTレベルを上げるものだとすると、鼻腔投与は中枢のOTレベルを増加させる最適以下の方法である。これらの未解決パズルを受け止めたうえで、我々は神経的、行動的変化がOTによって起こることを支持する十分な実験的証拠があると結論づける。
健常群では、OTは「偏狭な利他主義」を激化すると思われる。すなわちグループ外に対しグループ内を守る傾向であり、それは進化的観点から、幼い子の親にとって意味をなすものである。
また最近の研究は、ネガティブな幼少期の経験をもつ者にとってはOTの効果が低いかないことを示している。幼少期の経験は、他者を脅威となりうるか親密な仲間であるかの認知的表象とそれに続く知覚に深く影響するのかもしれない。休息状態のコネクティビティに関する研究や唾液中コルチゾールの結果は、幼少期の経験が環境的に誘導されたオキシトシンシステムの変化をもたらすことを示唆している。幼少期の経験はオキシトシンシステムを調節する遺伝子領域のメチレーションに影響し、OT受容体レベルでその機能に影響していると考えられる。受容体遺伝子のメチレーションは循環OTレベルを低め、OT鼻腔投与のフィードフォワードメカニズムを妨げている可能性がある。

経験依存性のメチレーションが、臨床群でのOT治療の効果に(部分的に)バリエーションをもたらしている可能性もある。自閉症スペクトラム障害での研究のみが有意な効果サイズを示したことについて、この障害が主に遺伝的に決定しているという事実を反映しているかもしれない。自閉症スペクトラム障害は、社会不安、うつ、あるいはPTSDに比べ社会的情動経験に関連する程度が低い。
我々は、高用量のOTが臨床群でさらに改善を示すことを期待してはいない。高用量のOT投与での実験が成功していないこと、少量のOTが10倍から100倍の唾液中OTレベルをもたらすことがすでに示されている。OT投与量に関しては「少ない方がよい」と言え、過度のOTはバソプレッシン受容体を占拠し、脳のOTとバソプレッシンバランスを変化させる可能性がある。
我々の知る限り、OT受容体遺伝子(OXTR)が鼻腔投与されたOTの効果を抑制するのかどうかを調べた研究は一つしかない。OT群でより強く幼児の顔が好まれたが、この効果はrs53576でGアレルホモ接合子の参加者のみで見られた。Rs53576のGアレルを1つまたは2つコピーをもつ者は、社会的サポートを受けたときのストレスに対するコルチゾール反応が低いことが示され、AAキャリアではこのような差はみられなかった。個人の遺伝子型(と遺伝子のメチル化の程度)は継続的な神経もしくは行動的効果を確実にするのに十分な投与量を決定できるかもしれない。

要約すると、OTの薬物療法的使用は多くの精神疾患では効果が少ないように思われる。これらの疾患の中には幼少期の負の経験に根ざした病因がOT治療の有効性をなくす役割を果たすものもあると仮定できる。これまでの試験に基づくと、自閉症あるいはその関連疾患ではOTの(補助薬としての)適用が効果的であると思われ、社会コミュニケーション技能が有意に改善するかもしれない。OTは、文脈や人格、個人史とは無関係にポジティブな感情や行動、関係性を促進する特効薬ではない。OTは抗不安効果があり、(治療)関係を確立・維持するのを容易にするかもしれないが、不利な個人史はこれらの有益な効果を軽減させるかもしれない。