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発達障がい市民広場

第25号

最新医学論文25

2-5歳の子供のシータ波伝導と言語表現

Lateralized theta wave connectivity and language performance in 2-to 5-year-old children.

The Journal of Neuroscience, October 19, 2011・31(42):14987-14988

概要

本研究は、文部科学省 地域イノベーション戦略支援プログラム 富山・石川地域、ほくりく健康創造クラスターのテーマの一つである「広汎性発達障害の診断・治療・経過観察総合システムの開発(代表 本学医薬保健研究域医学系教授 三邉義雄)」で、金沢大学(三邉義雄教授、菊知充特任准教授)が横河電機株式会社と株式会社島津製作所との共同研究で行った研究の成果である。

これまで言語発達において、脳の左に側性化した機能的ネットワークの形成が重要であることが示唆されていた。しかしながら、就学前の子供においては、脳機能測定そのものが困難なため十分に検討されていなかった。脳磁図計(MEG)は、非侵襲的であり、電極を付ける必要がないことから、計測中のストレスが少なく、幼児には実用的な脳機能計測機器である。さらに、脳波のように基準電極が存在しないこと、そして左右半球の神経活動が分離されて計測されやすいため、脳のネットワークの左右差を推定するためには、最も理想的な測定機器となる。今回は、幼児専用MEGを産学連携で開発し、78人の右利きの2~5歳児の脳機能測定を行い、coherenceという「二つの信号間の位相差の恒常性」を示す関数を用いて、脳機能の連結と、言語発達についての関係を調べた。その結果、側頭―頭頂間のtheta帯域のネットワークが、左優位になっているほど、言語発達が良いことが明らかになった。

研究成果のポイント
  • 幼児の小さな頭部形状に最適化したMEGを開発した。
  • 2~5歳の幼児においては、安静が保たれにくいため、詳細な脳機能検査が困難であったが、今回は幼児用MEGを用いて実用化した。
  • これまで、脳波では頭蓋などの伝導率の影響で、左右を分離した情報が得られにくかったが、今回のMEGは、磁場の性状から、左右半球で比較的分離された情報を得ることが可能になった。
  • Theta帯域のリズムを介した側頭―頭頂間の機能結合が、左半球優位であるほど、言語発達が良いことを明らかにした。
解説

この研究で使われている幼児用脳磁計(Magnetoencephalography: MEG)とは超伝導センサー技術(SQUID磁束計)を用いて、脳の神経活動に伴って発生する微弱磁場を頭皮上から非侵襲で計測、解析する装置である脳磁計を、幼児用に特別に開発したものです。超伝導センサーを、幼児の頭のサイズに合わせて、頭全体をカバーするように配置することで、高感度で神経の活動を記録することが可能になりました。

そもそもMEGは神経の電気的な活動を直接捉えることが可能であり、その高い時間分解能(ミリ秒単位)と高い空間分解能(ミリメーター単位)において優れていて、脳のネットワークを評価する方法として期待されています。さらにMEGは放射線を用いたりせず、狭い空間に入る必要がないことから、幼児期の脳機能検査として存在意義が高まっています。脳波の場合は、頭蓋骨が高い電気抵抗(脳の約80倍)をもつため、空間的な情報が大きく損なわれてしまいますが、MEGの場合は、頭蓋骨が磁場を遮蔽することがないため、実際に脳のすぐ近くで信号を拾っていることになります。ここが、MEGの空間的な情報に、信頼性が生まれる理由です。

今回、この幼児用MEG(脳磁図計)で、右利き幼児(2-5歳)78人の脳内ネットワークを調べました。シータ波といわれる活動を介する脳の半球内の連絡が、左に側性化している(偏っている)ほど、幼児の言語獲得が良好であることが判明しました。この関係は、単なる月齢や、非言語的な能力の影響と関係なく存在し、言語学習の生理学的指標と考えられました。これまで、脳が引き起こすTheta帯域のリズムは、脳の部位間の機能的な連結や、記憶の形成に関与していると考えられていたことから、予測はされてはいましたが、これを実際に捉えることができたのが、本研究です。この本技術では、幼児に恐怖感を与えず、わずか5分で、脳の機能的発達について検査を行えることから、将来的には集団検診でも応用が可能です。

今回ほくりく健康創造クラスターで金沢大学と金沢工業大学、横河電機株式会社が開発した幼児専用脳磁図計は、ヘルメットに頭をいれるだけですぐに測定可能であり、幼児が親のそばで、痛みも恐怖感もなく、好きな動画を見ながら短時間(5分程度)で脳機能を詳細に調べられる画期的な機器です。また、最近の近赤外線(NIRS)をもちいた脳血流測定による間接的な秒単位の測定とは異なり、本当の神経活動をミリ秒単位で直接とらえることが簡単に実現します。金沢大学では、このような日本が誇る先端技術を利用して、これまで簡単には調べることのできなかった幼児の脳機能測定を行うと同時に、この技術がもたらす信号が幼児の脳の発達の客観的指標となり得ることを明らかにしました。

本研究における側頭部のMEG超伝導センサーの海馬までの距離は6~7cmと推定され、通常の成人用MEGを用いた場合の距離(8~9cm)に比して近く、我々の開発した幼児用MEGを用いることで、海馬からの信号強度はおよそ1.8倍に上昇すると推定されています。このような条件から、学習に関連した海馬や海馬傍回、帯状回などを含む比較的深部のシータ律動の機能的結合を捉えている可能性もあります。これに加え、小児用NIRSとMEGの統合機も開発が進んでおり、更に高度な脳機能情報の取得が期待されます。現在は、広汎性発達障害の早期診断の支援システムとして、診断精度を検証する研究を進めています。